異世界に転生したらPowerBuilderが、最強だった…？Vol.4
タカシたちが居る開発センターは、マークライトスクエアビルの５階の一角にある。ここは、タイガーゲート駅からも近く１２階建てのビルで１階玄関から入ると中心部が広い２階までの吹き抜け空間がある。その上の３階からは幾つもの企業や団体が入居している階層になる。１階・2階は防災センターと総合受付、そして医療施設やコンビニエンスストア、銀行…そして、レストランなどの飲食店も数多く入っており、１階中央奥のエスカレータで２階との往来が可能だ。
ビルの正面エントランス側は、２階まで強化ガラスであり採光が十分で昼間は明るく解放感がある。時折、そのガラスを天使族の女性清掃員らが優雅に吹き磨いている姿にタカシやアクーツクは、ただボーッと口を開けて彼女達を眺めていることが多い。
「ホローン♪」５階フロアーのオフィス内の時計が、午前８時のチャイムを伝えた。
（８時か…？まだ来る時間じゃないな…）となぜか？安堵した。みんなが居る時間帯に、ねこぴが転移していたらパニックだったであろう。（アクーツクなら、魔法でねこぴをぐるぐる巻きにしていたろうな？ヤマチュウさんは、斧で襲い掛かるか…？イヤ、そんな野蛮はしないが大声で威嚇するだろうなあ…）とタカシは思った。「怖いことを考えるにゃあもう…」とねこぴが、膨れッ面で呟く。タカシは「ねこぴは、俺の考えていることがわかるの？だって、さっきも話が早いな…って、何を納得したのか？不思議だったんだ…。ホントなら、もう少し俺に説明を加えるだろ？」と自分の感じた違和感を伝えた。ねこぴは、またニヒーと声を出して笑いながら「ねこぴスティックが、タカシの表情や動作を分析して私の脳に情報を送っているにゃ。搭載AIが類推して整理して伝えてくれるにゃ。ねこぴスティックが、今、タカシの方を向いているだにゃ」と自慢した。（なるほど、スティック型AIロボットか…いい相棒になるかな？）と思ったら、「頑張るにゃ！」と手に持つスティックが叫んだ。「おおお、しゃべるんだ！ビックリした～」…とタカシは少し仰け反りながらねこぴスティックを見た。スティックのねこぴの耳が、ピクピク動いた。ようやく和やかな空気が流れてタカシにも笑顔が戻った。
「タカシ…。私は、もう元の世界に戻る時間が来るにゃ…。元の世界でお前が仕事のし過ぎで死んでしまった時にこっちに転生させたのは、私だにゃ。悪く思わんでくれにゃ…お前のようなPowerBuilderの真の理解者はどの世界にも絶対に必要だにゃ…。だから、そろそろこの世界に慣れた頃だから、その魔族の子をタカシの傍に置いたにゃ」とねこぴは、話し始めた。（そうか…？あの時、俺は深い眠りに就いた記憶しかないが、死んだのか？そうだよな…こっちで生きる上で必要な記憶はPowerBuilderと開発に関することだけだから、戻りたいという感情が湧かない。社会人になる前の記憶が無いのもあるが…うん、もう慣れた。なるほど…マーリンがな…）とタカシは納得した。
「ところでタカシ、こちらのPowerBuilderの方が元の世界よりも高機能になっているのは理解しているにゃ？元の世界では、ちょうどPowerBuilder 2022 R3の開発が終わったところにゃ。タカシの居た日本という国の日本語版は夏には出荷されるにゃ。その次のバージョンは2025版でコンパイル性能もよりグレードアップするけど、それでもこちらのPowerBuilderまでにはならないにゃ」とねこぴが話し「タカシ…さっき、この世界でPowerBuilderを最強のIDEにするにゃ…と言った本当の意味を理解しているかにゃ？」と真剣な眼差しで聞いてきた。
（わかっているよ…ねこぴ。大切にするものは、それこそ開発したソフトウエア資産のことだ。どのようなIDEでも開発言語でそれは変わらない。IDEの機能拡張は、自ずと限界が来るものだ…。だけど、PowerBuilderのデータウィンドウだけは次元が違う感じだ。機能面は、もちろん他のIDEでもサードパーティ製品を組み合わせればもっと色々と出来るけど、一つのIDE内で完結しているものはない…PowerBuilderだけだ。しかも、30年以上も前に世の中に登場して、今なお、快適に感じるIDEを俺は知らない。データウィンドウは、顧客のニーズを具現化することも、エンジニア自身がこうじゃないか？と思う業務システムイメージも含めて開発自体に集中させてくれるし、システムの血流であるデータをより身近に感じる。だから、顧客に馴染むソフトウエア開発をする大切な道具になっている。そして何より無機質に仕様書の内容をコーディングして…という作業の一部じゃなく、ソフトウエアに開発者としての気持ち…スキル…が乗せやすい…少し表現が難しいが、長く使い続けてもらう上でソフトウエアの価値を高品質でしかも早く実現できる気にさせてくれる。特に、この早さは重要だ、なぜなら具体的な画面遷移や出力内容の顧客との共有過程が早くなることは、すなわち顧客とのコミュニケーション品質が向上し、顧客ニーズに寄り添ったシステムになる。使い手が、自分たちが使うシステムに開発段階から参画し作り手との共同作業時間が増えるのでシステムへの理解度も早い段階で醸成される。出来ない相談に振り回されることも少ないんだ。スクラッチ開発の理想形かな…？）とタカシは、頷いた。「そうだにゃタカシ…。わかっているようだから安心して任せたにゃ！」とねこぴは笑顔で言った。（ヤレヤレ…以心伝心みたいなものかな？まあ、説明が省けていいや…）とタカシはねこぴを見て深く頷いた。
「時間にゃ…そろそろ元の世界に戻るにゃ。…アッもう一つ大切なこと伝えるにゃ！お前は武者修行の旅に出るんだにゃ！まずは、この世界のアチコチで頑張っているPowerBuilder技術者に会いに行くにゃ！たくさんの技術者に会って、PowerBuilderの利用技術をいっぱい蓄積するにゃ。頼むにゃ！もうじきお前の仲間が来るだろうから、彼らにもこのことをシッカリと説明して理解してもらうにゃ」とねこぴは言った。「フフフ…ねこぴ、わかっているよ…そこは伝わらなかったのかい？」とねこぴスティックを左右に振ってねこぴに笑顔を向けた。ねこぴは、「わかってるにゃ～！タカシ、お前のアドバイスに期待しているにゃ」と頷き、「お～い魔族の子よ、名はマーリンだったか？起きるんにゃ？そろそろ戻るにゃ」と静かに椅子で寝ている？マーリンに声を掛けた。
すると突然「ハ～イ！」と悪戯っぽい声でガバッと起きたマーリンが「じゃあ、神様行きますよ～」と目を閉じて手を合わせてなにか呟きだす。すると、ジジジ～っと眩いばかりに光りながら球体のようなものに包まれながら変化するねこぴが、タカシに一言「元気でにゃ！」と言った瞬間、ヒュンッという音と共に消えた。
（呆気ないものだな…。神様…？？ん？何のことだ？…まっ…いいか！）とタカシは消えた場所を見つめて笑った。マーリンは大きく両腕を上げて伸びをしたままタカシの方を振り向いて「バレてましたぁ？」とニタニタしながら聞いてきた。タカシは、「イ～ヤ…。さっ、もうじき皆が来るから、マーリンもちゃんと説明しろよ」とねこぴスティックを向けて伝えた。
「な～んだ…タカシさんの反応はいつもつまんない！」とプーっと膨れたマーリンは、タカシにチョコンと肘鉄を喰らわせてから自席に戻った。（ヤレヤレ…ったく…。さてと…）と一息吸ってハ～ッと言ってPCで世界地図やらメンバリストらしきものやらを検索し始めた。ほどなくしてアクーツク、ヒロリン、ヤマチュウさんが出社してきた。タカシは、彼らを集めてマーリンと一緒にさっきまであったことを包み隠さずみんなに伝えた、もちろん自分のミッションも含めてだ。みんなのキラキラした瞳が少し嬉しく気恥ずかしかった。
一週間後、ビルの５階の窓の内側から元気よく手を振る４人に応えるように軽く右手を上げたタカシは、リュックを左肩に背負い、右手のスマホを見ながら駅の方へ向かった。この異世界は、今は真夏だ…。炎天下の中で彼の熱い武者修行の旅が始まる。そう…「この異世界に転生したらPowerBuilderが最強だった件」を語り継ぐために…。
