異世界に転生したらPowerBuilderが、最強だった…?Vol.2
「ふう…今日も忙しかったな…」
タカシは、ジョッキのエールを半分ほど一気に飲みながら窓から見える茜色と山吹色の2つの月を眺めながら呟いた。
(あれから1年か?早いなあ…)
本人は気づいていないが、持病の心臓病と痛風が転生してからはすっかり治って健康な身体になっていた。転生以降、仕事終わりに異世界食堂に来てはこのエールを飲むことが日課となっている。
ウエイトレスは、元気な魔族の娘と物静かなエルフの娘の二人…常連客の評判も良くテーブルに料理や飲み物を運んでいる。そして、ここのマスターは間違いなく転生者で同じ日本人だった。同じ時代の人間かはわからないけど。
お互いなんとなく「同じ」ということは感じているが、決して多くは語らない。過去を思い出そうとしてもタカシは PowerBuilder に関係すること以外の記憶がなかった。マスターも同様なのだろう、だから元の世界の話をしても噛み合わないと思ったし、それでいいのだと納得している。
(そう言えば…「ちまき」と「ねこぴ」は、どうしてるんだろう?)タカシは、ふと懐かしそうに窓の外を見て心の中で呟いた。
そう…転生する前の世界で半年くらい前から始まった「PowerBuilder入門動画」の人気キャラクターのことだ。
女の子の「ちまき」が、ノートPCに猫耳を生やした謎生物「ねこぴ」に PowerBuilder を教えてもらう、毎月連載のレクチャー動画だ。最初は「なんだこいつら?」と訝しげに観ていたが、4回目の動画で衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えている。
そう「データウィンドウ」紹介の回だ。タカシは、 C# や Java などの開発言語は日々使っていたし、 SQL 構文を含むデータベースアクセス周りも得意だった。タカシはどの言語スキルも高かったものの、なんとなくストレスを感じていた。原因はうまく説明できない。オープンソース系言語は幅広いサードパーティ部品が次々と登場し、 IDE も合わせて使い勝手が良くなるのに、なぜか落ち着かないのだ。開発するシステム規模が大きくなればなるほど、こうした言語の利点である拡張性の高さや選択肢の多さが、逆に重かった。つまり拡張性のある言語やツールは選択肢が多い分、どのような実装方法やライブラリを採用するかを考えなければならず、それが面倒だったのだ。
むしろ、もっとこう…開発したい業務の全体のイメージをしっかりと描きつつも、常にデータベースを中心に実際のオペレータにどのようにデータを入出力させるか? そして、そのお客様がどのような結果を望んでいるのか? といった対話が継続するシステム開発…。
感覚的に言うと、お客様とデータベースの距離が近くて、身近に感じる画面設計や処理ロジックの設計・開発を試行錯誤しながらお客様と共有して都度対話できるようなシステム創りがしたかった。
余計なことを考えず、 IDE 自体の機能や特長を隅々まで知っているからこそ、用意されたものだけを使って十分に開発できる…それができればシステムの平準化にも繋がるし、お客様の「業務システム設計」に集中することでエンジニアスキル磨きにも時間が作れるんじゃないか?と思い描いていた。
だから「 PowerBuilder 入門動画!!第4弾データウィンドウの作成」を観た時、自分の思い描いていたイメージが、そのまんま動画となって始まろうとしていることに愕然とした。
(なんでクラサバ開発のレガシーな IDE の入門動画を今頃…?)とボヤくのに毎回視聴してしまう自分の違和感の理由がわかった。
「データウィンドウ…これだ!」と確信してから、むさぼるように PowerBuilder に関する記事を読み漁り、眠る時間を惜しんで情報収集した。
もちろん EC サイトで古いバージョンの書籍を片っ端に購入し、ライセンスも自費で購入した。過去の自作のシステムを手当たり次第、 PowerBuilder で作り換えた。「 PowerBuilder 入門動画!!第5弾データウィンドウの配置とSQLの確認」が出る頃には、彼は完璧に PowerBuilder を習得したのだ。
そんな彼に舞い込んだのが、 PowerBuilder で開発した大規模なアプリケーションの大幅改修に伴う CRUD 整備の仕事だった。
そのアプリケーションは、長い年月をかけて作り込んできたシステムで非常に複雑なものだったが、分析ツールを自前で開発し、タカシは一心不乱に徹夜も続けながら 1 ケ月程度でこの仕事を成し遂げた。納期的には、まだ 10 日以上余裕があるのに…だ。素直に他の人が開発した PowerBuilder のシステムから学びたかった。残りの日数で CRUD 整備だけでなく、すべてのソースコードを理解することに努めた。彼は自分ですべてを開発したような充実感でいっぱいだったが、極度の疲労と持病の悪化に気づかず夜中のデスクで永い眠りに就いてしまったのだ。
目覚めた時には、この世界に転生していた。
「でも…ねこぴには感謝しかないな…。ちまきも頑張ってるかな?さてと…」と独り言を呟き、 3 杯目の残りのエールを飲み干し食堂を後にして家路に向かった。
翌朝早く、開発センターに出社すると一番乗りで出社していたマーリンが笑顔で「アッたかしさん、おはようございま~す♪」と元気よく挨拶してくれた。
彼女は、半年前にウチのチームに配属された魔族の女の子。魔法士だとかで、転移や召喚魔法が得意らしい。
(案外、彼女が俺をこの世界に召喚したりして…いや、まさかね笑)と意味もなくニヤつく俺を見たマーリンは頬を膨らませて「なんで私を見て笑うんですか?」と言った。
「ゴメンゴメン、おはようマーリン!ちょっと考え事してただけ!それより昨日のアクセシビリティエラーの件、解決した?」自席のPC の電源を入れて、話を変えた。
「あ~誤魔化した!ひど~い。昨日の件は pbacc.dll のクライアント配布で解決しましたよ~…」とマーリンが得意気に言ったあと、急に静かになった。タカシは「そう…良かったぁ。解決してくれてありがとう!」と PC 操作をしながら返事した。
「……。」返事がない。
(あ!お礼はちゃんと顔見て言わないとな)タカシは、少し笑顔を作って後ろを振り向くと……その光景に思わず目を見開いた。
「?!マーリン!ど、どうした!?身体が光って…」
マーリンは、首を横に振りながら声が出ないのか大きな口で「ワ…カラ…ナイ、なにかがッ来るッ!」と訴え震えている。
突然センター内のほとんどの電源が落ち一瞬真っ暗になり非常電源に切り替わった。
混乱の中、マーリンの後ろの空間に 1~2m ほどの光る球体が放電しながら現れた。同時にマーリンの光は消えて、イスにぐったりともたれるように崩れてしまった。すぐ彼女の傍に駆け寄って「マーリン!大丈夫か!?」と支えたが気絶したように眠っている…息はしているようだ。
(よかった…)ほっと息をついてから、おそるおそる光る球体を見る。
放電はなくなったものの、今度はヒュンヒュンと音を立てながら球体の表面の光がせわしなく渦巻くように動いていた。
(まさか、爆発とかしたり…?)とマーリンを守るように自分の背後に回し、身構えた。すると徐々に球体の光は弱まり、形が変わってきた。
(なんなんだ?生物?人?いや…子供…?)時刻はまだ早朝なので出社してる者はまばらだが、それでも下の階からバタバタと何人かの足音と大声が聞こえる。
停電の原因はコイツだろ…どうする?どうしよう?!
とうとうその物体は、頭部からだんだん形がわかるようになってきた…尖った耳…魔獣?それとも人?
タカシは、その姿がだんだん明らかになるにつれ、ゆっくりと立ち上がりながら…「まさか?ね…」と呟いた。
(Vol.3に続く…)
異世界転生コラムシリーズ
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